2015年 11月 10日
夕焼け
子どもの頃、ずっと苦手な質問があった。
「兄弟はいるの?」という質問だ。
正確に言えば、そう質問をされるのは別によかったのだけれど、それに答えた後のひとの反応が嫌だった。
村上春樹「 国境の南、太陽の西」を読んで気持ちを文章にするとは、こういうことかと鳥肌がたった。
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大抵の家には二人か三人のこどもがいた。それが僕の住んでいた世界における平均的なこどもの数だった。少年時代から思春期にかけて持った何人かの友人の顔を浮かべてみてみても、彼らは一人の例外もなく、まるで判をおしたみたいに二人兄弟か、あるいは三人姉妹の一員だった。
僕には兄弟というものがただの一人もいなかった。僕は一人っ子だった。そしてその時代の僕はそのことでずっと引け目のようなものを感じていた。自分はこの世界にあってはいわば特殊な存在なのだ、ほかの人々が当然のこととして持っているものを、僕は持っていないのだ。
子供の頃、僕はこの「一人っ子」という言葉がいやでたまらなかった。その言葉を耳にするたびに、自分には何かが欠けているのだということをあらためて思い知らされることになった。その言葉は僕に向かってまっすぐに指をつきつけていた。お前は不完全なのだぞ、と。
一人っ子が両親にあまやかされていて、ひ弱で、おそろしくわがままだというのは、僕が住んでいた世界では揺るぎない定説だった。それは高い山に登れば気圧が下がるとか、雌の牛は多量の乳を出すとかいうのと同じ種類の自然の摂理とみなされていた。だから僕は誰かに兄弟の数を訊かれるのが嫌でたまらなかった。兄弟がいないと聞いただけで人々は反射的にこう思うのだ。こいつは一人っ子だから、両親にあまやかされていて、ひ弱で、恐ろしくわがままな子供に違いない、と。人々のそういったステレオタイプな反応は僕を少なからずうんざりさせ傷つけた。しかし、少年時代の僕を本当にうんざりさせ傷つけたのは、彼らの言っているのがまったくの事実であるという点だった。そのとおり、僕は事実あまやかされていて、ひ弱で、おそろしくわがままな少年だったのだ。
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村上春樹 「国境の南、太陽の西」 より
子どもの頃ことを思い出した。
by ijitsu
| 2015-11-10 23:15